2009年01月14日

柏原市の身の丈

人は、その人の生き方、ライフスタイルというものを”身の丈に応じた形”で自然に身につけるものである。

ソレは、自分の”価値観”と”能力”と”環境”に見合った形で自身の中で折り合いを付けながら、徐々に徐々に身に付くものなのだろう。


かつて世間を騒がせた”ホリエモン”のようにセレブに向かって”銭”に執着し続ける人もいれば、脱サラして、”スローライフ”とやらで田舎で自給自足の生活を送り充実した日々だと感じている人もいる。

要はその人が何に価値観を於いているかに”気づき”、周囲と調和が保て違和感なく暮らせる"居所"を見つけられるかである。

筆者は、人、人、,,,,,人の集合体”コロニー”である”町”それ自体にもその町固有の”身の丈”があると思っている。

確かに町は、土地その物なので、人間のように、田舎に引っ越すことは出来ないし、いくらがんばっても、セレブとはほど遠い町もある。

失礼を承知で言えば、六本木と田園調布と田舎は”身の丈”が違うのである。

しかし、人は、ホームレスや、犯罪者の様な人たち以外、いわゆる”常人”である限り決して”人生を投げたりしない。

その人の”身の丈に見合ったライフスタイル”の実現に向かって努力し続けるものである。

そして、何歳になっても”何をヤッテも手遅れ”などと言うことは決してない。
筆者自身、七転び八起の人生を送ってきた。

柏原市の若い職員達は柏原市の身の丈をどう考えているのだろうか。

収入役出身の現市長が
「銭、銭、銭,,,,,,まずは銭が無いと何も出来ない、今は歳費を抑えて銭を蓄えろ、じっと我慢の時だ、それからでも遅くない。」とでもおっしゃっているのか?

もしそうだとしたら、それははき違えである。

”身の丈に応じた”とは”華美に飾る”ことでも無ければ、「果報は寝て待て」とばかりに、何もしないで”ふて寝”を決め込むことでもない、努力し続けることである。

田舎暮らしの人も、六本木ヒルズのセレブ族も、それぞれ”銭の算段”、そして”やり繰りの苦労”はやっている。

柏原市の”地勢””周囲を取り巻く環境”から考えて、今の状況は、完全に”ふて寝”している”長屋のはっつぁん”と同じ様にしか見えない。

どうぞ”早く目を覚まして仕事に行って”ください。
ネエ”市役所のはっつぁん”

<この稿お終い>
posted by 蔵間転具 at 06:35| Comment(0) | 柏原市政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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